じょんから節保存会

じょんから節代表者:朝倉 忠雄(あさくら ただお)
設立年:昭和35年
会員数:66名
活動日:不定期(7月中は毎日)
活動場所:中央公民館、各学校、フォルテほか

入会・習得したい方、随時募集中!!
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保存会事務局 小川(227-6101)
または 森田(248-4303)まで。
下記のコメント欄からでもご入会申し込み可能です♪

「野々市じょんから節保存会」とは?

p033明治39年に、時の青年団長木村次作氏が郷土史を研究、再興し、調査を進めてきました。一時衰えた踊りも囃子も復興され、毎年8月13日から15日にかけて盛大に踊りが繰り広げられるようになりました。
そして、木村次作氏を中心として「野々市じょんから節」の保存活動が始まり、昭和3年には東京日本蓄音器株式会社で「富樫音頭、和尚をとし」を吹き込み、また、東京大塚公園で踊りの撮影が行なわれました。
その後、幾多の政変・戦乱の渦中にありながら民衆とともに生き、受け継がれて、そして昭和42年2月11日に町指定民俗文化財に指定されました。
昭和30年から32年町村合併後、町の貴重な文化遺産保存のために、昭和35年に全町的組織として保存会が改組されました。

「野々市じょんから節の由来」とは?

p05211111平安時代の中期、一条天皇の御代に第四代富樫忠頼卿が、加賀の国司として野々市に赴任するや、そのすぐれた仁政は広く民衆の敬慕をうけ、この地に留まる事を熟望し訴願するに及び、勅許を得て永住することになりました。そして平安の都、京都を偲び野々市の近郊に伏見川・高尾山・山科・住吉の里などの地名をつけ、第二の京都を築かんとしたゆかしい心根の程が伺われ、また累代にわたり数多くの寺院を建立して、支那留学の大徳徹通・常済大師・建武中興の勤王僧・明峰大智禅師等の名僧高僧を招き思想の善導と文化の向上に努め、かつまた産業の振興を図るなど加賀の政治・文化・宗教にと残した業績は実に大きなものであります。

このように野々市は中世における加賀文化の発祥地であって、人々は富樫氏の善政と宗教文化の香りの中に極めて安らかな日々を送ったことと察せられます。

武士も、町人も、百姓も、そして御殿女中も階級差別をこえて一つ輪になって富樫氏の徳をたたえつつ祭事を踊り明かしたのが「じょんから節」踊りの起源であります。「じょんから」と云うのは「自安和楽」の転訛であると解され、自ら安じて和やかに楽しむ、この心と姿にこそ私達が大いに学ぶべきであって民主社会育成の今日、富樫仁政を思い、かつたたえるために、この「じょんから節」踊りを永く後世に伝えねばならないと思っております。

野々市じょんから節について…petit
昭和42年(1967年)に市指定民俗文化財となった「野々市じょんから踊り」は、現在も盆踊り芸能として踊られています。この民謡の名称を含めた由来については、古くから諸説あります。室町時代にこのあたりで踊られていた「御贄踊り(おにえおどり)」に由来するという説、江戸時代に富樫氏の徳を讃えつつ、武士や町民、百姓などの区別なく盆に踊り明かしたという説、古浄瑠璃と都都逸系の真宗と関係した歓喜嘆、くどき節が加わったという説、長崎県平戸に伝わる国指定無形民俗文化財の豊年を願う念仏踊りの由来ともされた「自安和楽」(自ら安んじて和やか楽しむ)という意の転化したものであるという説、上様(じょうさま=蓮如)から教えられた説などがあります。

【踊り方】



練習して次のじょんからまつりにぜひ参加しましょう!

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